Phalaenopsis cornucervi

1.生息分布

タイ
ミャンマー
インド
フィリピン
ボルネオ
スマトラ
Java
マレーシヤ

2.生息環境

 海抜0 - 800m(300mの説がある。フィリピンではPalawanのみに生息750m以下)までに生息、温度15 - 32C。湿度60 - 80%。生息範囲は胡蝶蘭のなかでPhal. amabilisと共に最も広い種である。コロニを作って1本の木に多数生息する。東南アジアに広範囲に分布するため、その変種や個体差も多い。

3.形状

3-1 花



1. 花被片  
 花名は花茎の形状から鹿の角という意味。広範囲に分布しているため地域差が様々見られる。上段写真左のノーマルタイプでは花被片は黄緑のベース色に茶褐色の班が不規則に入る。左から2つ目の写真はインドネシア・カリマンタン産。リップ先端部の小裂片(lobules)はPhal. pantherinaに似ているが、中央弁が短く、また先端のpadには繊毛がない。Phal. cornu-cerviにはほとんど匂いはないが、この株は強いなめし革の匂いがする点でPhal. pantherinaとの違いが分かる。右はフィリピンPalawan産。フィリピン産は時折、微かに胃薬のような匂いがある。下段は左から thalebanii、flava、solid redフォームでこれらについては3-2項に詳細を記載している。花被片は3 ‐ 4cm、先端が尖った倒披針形。花期は通常春と秋であるが、温室では春から秋まで花茎当たり2 - 3輪を順次連続して長期間開花することも多い。



2. リップおよびカルス  
 カルスは分類学上は、下画像左に示すようにリップ基部寄りのposteriorカルス(3)が腺状微小突起、またcentralカルス(2)およびanteriorカルス(1)は先端が2分岐する繊毛突起(1)の3組で構成される。一方、右画像はflavaフォームのカルスであるが、左の(3)に相当するanterior callusは一つの突起のみで、他の小さな突起は退化しているように見られる。

cornu-cervi callus (normal form) cornu-cervi callus (f. flava)

 下画像は生息域及び変種のリップ形状差を示す。いずれもリップの突起部は先細り形状で、Phal. borneensisに見られる中央で切断されたような台形とは異なる。

Malaysia Java Palawan (Philippines)
cornu-cervi f. thalebanii cornu-cervi f. chattaladae cornu-cervi f. flava

 下画像は他種とのリップの形状比較を示す。

cornu-cervi borneensis lamelligera pantherina

3-2 さく果

 さく果は黄緑色で、長さ5 - 7cmで円柱形。中心軸に沿った溝はなく、筋のような色合いが見られる。写真は受粉後約3ヶ月となる子房。4ヵ月程で採り撒きができる。3 - 4ヵ月過ぎて高温になると黄変し割れることが多い。

Seed Capsule

3-3 変種および地域変異

 地域差や変種に関する分類が未完成な種の一つである。下記は代表的な変種であるが、リップ中央弁、カルス形状および匂いの有無など輸入国それぞれで多様な特徴が見られる。それらが明確な地域差なのか変種なのかを決定するにはサンプルが少ない。特にPhal. cornu-cervi f. sanguineathalebaiiとの明確な違いを記載された情報が少なく、下記の分類も検討が必要で、これらは今後の分類研究を待つ必要がある。

1. Phalaenopsis cornu-cervi f. flava
 写真下はPhal. cornu-cervi f. flavaで、右写真はflavaで緑色が強くでたものでSumatra生息種である。この緑色が継承するかは実生で検証が必要である。

Phal. cornu-cervi f. flava

2. Phalaenopsis cornu-cervi f. thalebanii

 タイ生息種であり、一般タイプの太い棒状あるいは点状斑点がランダムに花被片に分布するのはと異なり、黄色のベース色は変わらないが、ドーサルセパルやペタルは全体が茶色で覆われ、ラテラルセパルの内側にには細い線状斑点が並んで入る。
 
Phalaenopsis cornu-cervi f. thalebanii

3. Phalaenopsis cornu-cervi f. sanguinea
 上記f. thalebaniiに対してより赤茶色が濃く花被片を覆い、僅かに細い棒状斑点が見えるフォームである。しかし本項の冒頭に記載したように、花被片のフォームは若干異なるもの、本種名とf. thalebaniiのいずれがそれらに相当するかはさらなる調査が必要と思わる。栽培経験からはこれら2種の花フォームは環境に影響されることなく、ほぼ同一のパターンを開花期毎に再現している。
  
Phalaenopsis cornu-cervi f. sanguinea

4. Phalaenopsis cornu-cervi f. chattaladae
  花被片全面が赤色 - 赤褐色となるフォームをもつ。

Phalaenopsis cornu-cervi f. chattaladae

5. Phalaenopsis cornu-cervi sp aff. chattaladae
 花被片のフォームにPhal. cornu-cervi f. chattaladaeとの違いはないが、リップ中央弁の先端が白色ではなく、楕円状にフクシア(赤紫)色が入る。この斑点は再現性(同一株に常に現れる)が有るためsp aff(近縁種)とした。
    Phal. cornu-cervi sp afff. chattaladae

3-4 葉

 葉は表裏ともに黄緑色で長楕円形。葉長20 - 25cm。幅5.5 - 6.0cm。蝋質で固く、曲げることはできない。強健で8 - 10枚の葉を保持する。主茎は上方に伸長し、葉は立ち性。ポット植えにも適応する。また本種は自然生息地ではコロニーを形成しており、それらの多くが単茎性ではあるものの脇芽が栄養芽に発達したクラスター状の株で構成される。これはPhal. amabilis, Phal. sanderiana, Phal. schillerianaなど野生種でしばしば見られる性質で、右写真は5株程にクラスター化したPalawan産の株である。

Leaves

3-5 花茎 

 花茎は枯れることは無く、3-4年伸長を続け長さ40cmほどになる。基部から、えき芽2 - 3番目までは円筒形でその先から扁平になり花が着く。長期に渡って花茎当たり2-3輪の花を順次咲き続ける。11月から1月の3ヶ月ほどの期間は開花が見られない。花茎は通常2 - 4本で分岐はほとんど見られない。

Inflorescences

3-6 根

 根は太く丸みがあり、根皮は緑色が混じる銀白色、根冠は新鮮な黄緑色。コルクやヘゴ板のような平らな支持体への活着ではPhal. schillerianaほどの扁平にはならない。Phal. amabilisPhal. schilerianaと比較して活着は遅い。自然界では表皮の荒い支持木に活着していると思われる。日本固有のコンポストであるクリプトモスと相性が良い。現地ナーセリではヘゴファイバーが多い。ミズゴケやクリプトモスで根を植込み材に隠した場合は、根皮は白銀色にならず、表皮が半透明のクリーム色となり、大気に露出した根とは根皮の機能が異なるようである。

4.育成


  1. コンポスト

    コンポスト 適応性 管理難度 備考(注意事項)
    コルク、ヘゴ、バスケット    
    ミズゴケ 素焼き    
    ヘゴチップ プラスチック    
    クリプトモス プラスチック    

  2. 栽培難易度
    容易

  3. 温度照明
    胡蝶蘭のなかでは最も栽培容易な種である。照明(輝度)は比較的高い方が成長および開花率が良い。順調に育てば大株となる。立ち性であるためプラスチック鉢とヘゴ、クリプトモス、バークなど多様な植込み材の利用が可能である。

  4. 開花
    野生種には開花期に季節性を感じるが、何代にも渡って栽培されてきたflavaやthalebaniiは高輝度下において、初夏にピークとなるが、ほぼ周年花茎を伸ばしながら花茎当たり2-3輪の花を咲き続ける。

  5. 施肥
    特記すべき事項はない。

  6. 病害虫
    病害虫には強い種である。しかしフラスコ出しから1年程度の苗で、多くが疫病に罹ったことがある。葉元が水浸状となりポロリと落ちる症状である。細菌性ではないため抗生物質では対応できない。疫病に効果がある殺菌剤の散布が必要である。これはPhal. pantherinaも同じような傾向があった。

5.特記事項

 輸入国ごとにカルスおよび香りが微妙に異なる。サンプル数が多くないため、これが地域差なのか個体差なのかの現状では判断ができないが、おそらく地域差の特徴があるであろう。また香りの違いによる分類(変種や種)は胡蝶蘭にはPhal. bellinaを除いて見られないが、香りも分類要因にすれば本種は数種類に分類されるかも知れない。 
  Phal. cornu-cervi f. thalebaniiはタイ(Yaroi Falls National Park)で1980年代後半に発見されて以来、今日まで同タイプの株は自然界では見つかっていない(2015年)とされ、現在入手可能なthalebaniiはそのクローンや実生とも言われている。