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栽培、海外ラン園視察などに関する月々の出来事を掲載します。内容は随時校正することがあるため毎回の更新を願います。  2021年度

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7月

待望の杉材の入手

 原種の植付け(取付)材として、製材の際に端材として出る表皮の付いた木片(辺材)が入手できないかと、当サイトで取り上げてから1年程が経ちます。杉皮(クリプトモス)を始め、和風庭園の塀や屋根葺き等に使用されている、杉皮と内樹皮の付いた薄い杉皮板は、すでに当サイトでは多種多様なランの植付け材として長い間利用してきました。最初に杉皮に注目したのは2005年頃、茨城県の望月蘭園でパフィオの植込み材としてクリプトモスが販売されていることを知った時です。杉材がパフィオに有効であれば、他のラン属にも良いのではと、クリプトモスだけでなく、ネットで杉皮板を入手したのが始まりでした。2005年から2015年の凡そ10年間、胡蝶蘭原種を中心にバルボフィラム、デンドロビウムなどに適用し、主な植込みあるいは取り付け材として良好な結果を得てきました。一方で、取付材として最も有効なヘゴ板は海外依存で高価であるだけでなく入手難も増し、前記した杉材利用の実績から、新たに吊り下げ取付材として、薄い杉皮板よりも利用しやすい適度な厚味のある杉皮付きの木片がないかとの期待を持つようになりました。

 杉皮板の良い点は、コルク樹皮と違い、重なり合った表皮の隙間や溝に水分が浸みて保水性が高いことと、殆どの原種の根は杉の表皮質を好むようで、多くの根が活着し、また表皮の隙間や層に潜り込んで行きます。しかし、あくまで表皮層の中を這っていることから剥がし易く、移植の際には根を余り傷つけることなく引き離すことができます。これはヘゴ板のように板内部に伸長した根は株を取外す場合、その大半を切断せざるを得ない性質とは異なる大きな利点です。一方、薄い杉皮板の問題点は乾湿の変化で板が反ることや、表面は日常のかん水によって生じないものの、裏面(内樹皮面)には白いカビ状の菌類が発生し易いことです。この菌類は、ランに悪影響は無いものの見栄えが良くないことと、経年劣化も比較的早く進むことです。そうした背景から、2017年以降当サイトでは吊り下げタイプの取付材として、杉皮板から全てを炭化コルクに替えることにしました。当サイトの開花や植付け画像に見られるように、現在は2,000株以上で炭化コルクを使用しています。

 炭化コルクの利点については何度も取り上げており省略しますが、根周りの高湿度環境が必要で、保水性を高めるためミズゴケで厚く、根周りだけでなく取付面全体を覆います。ミズゴケの最近の入手難もありますが、1昨年からはヤシ繊維マットと合わせることでミズゴケを薄く敷いて使用しています。一方、ネット情報によりますと、炭化コルクの30mmタイプは廃番予定となるそうです。当サイトで使用するコルクの厚味はこれまで30mmで、25mmは取付材としては薄すぎて崩れが早く、使用していません。反面50mmは厚すぎ、通常のかん水では中心部まで水が浸透することは無く、殆どの蘭の根は表皮あるいは空中にぶら下がってしまいます。よって今後、25mmの炭化コルクを使用する場合はヤシ繊維マットとの併用が必須となり、株を取りつける際の盆栽用アルミ線でコルクとマットを1対として巻き付け、吊り下げ荷重を分担させて適度な保水を得ると共にコルクの崩れを抑えることにしています。

 そうした中、依頼していた横浜の共和開発から、待望の表皮付き杉板が試供品として50枚入手できました。下写真はその一部です。杉材は長さ40㎝x幅15㎝x中心部厚さ2㎝です。40㎝長の1枚当たりの重量はは300-400gです。30㎝長もサンプルとして2枚頂きました。さらに現在60㎝長も依頼しています。下写真右の画像から分かるように、杉の表面は長く薄い皮が重なり合い、この隙間が保水性を高める役割を担っています。板厚が中心部で2㎝あることからこれまでの薄い杉皮板に見られた反りや劣化は少ないと考えられ、2-3年後の植替え時にはミズゴケ等の植付け材のみを交換することが可能となります。

    
表皮付き杉板 40㎝x15㎝ 断面 1.5 - 2.5cm 表裏 表皮

 吊り下げタイプのランの栽培に必要な支持材の最適な長さは、それぞれの属種で異なるものの極めて重要な課題です。バルボフィラムではリゾームの長い種を除き、多くは30 -40㎝長で対応できます。また胡蝶蘭ではPhal. schilllerianaに代表されるPhalaenopsis節やPolychilos節には40㎝以上の長さが求められます。一方、60㎝を超える杉板となると、自然木であることから製材する場合に幅や厚味の均一性を保つことは難しくなります。これに対応する手段として30㎝や40㎝長の板を接続して任意の長さを得ることにしました。この方法を下写真に示します。左写真は40㎝長の板を繋ぎ80㎝x15㎝にしたものです。中央は2枚の板の接触個所を拡大した画像です。繋ぐ方法は、右写真のようにジョイント金具と木ネジで行います。接着剤等は一切使用しません。よって接合作業は 至って簡単です。ジョイント金具はネットで検索すれば多種多様な製品が見られます。ホームセンターでも普通に入手できるものです。右写真はステンレス製ですが、より安価な金具も多数あります。中心部の板厚が2㎝あれば、この方法でしっかりと固定できます。つなぎ目が気になると思われる方もいると思いますが、株は通常、接触個所付近に取り付けられ、周囲はミズゴケ等の取付材で覆われるため、気にはならないと思います。

80㎝x15㎝(40㎝板2枚繋ぎ) 接続個所 ジョイントステンレス金具 4か所留め

  下写真の左は、左から30㎝、40㎝、30㎝+40㎝、40㎝+40㎝の4種類の長さです、右はこれらに実際の原種を取り付けた写真です。左2つはそれぞれPhal. schillerianaPhal. bellinaです。この画像からは株の割に取付板が大きく見えるかも知れません。しかし、画像をよく見ると分かりますが、すでに根は板の上下端近くまで伸長しています。これらの根は、今回の植替え前は空中に飛びだしていたもので、そうした活着点を失った根が多くなると、温室内が24時間80%以上の湿度を維持できない限り、株はそれ以上には大きくなりません。活着できる根張り空間の広さが株の成長サイズの最も大きな依存要因であり、これでこれらの株は今後大きくなると思います。左から3株目はDen. papilioで、この株の根も40㎝を優に超えます。10㎝サイズの花を期待しての植え替えです。その隣はDen. rindjanienseで70㎝(40㎝+30㎝繋ぎ)長の板に取付です。右3種は左からBulb. inacootesiiBulb. sp17Bulb. sp08です。Bulb. inacootesiiとsp17は40㎝長、sp08は30cm長の杉板としています。

4種類の板長 植付け例
Phal. schilleriana (left), bellina (right) Dendrobium. papilio Dendrobium rindjaniense
Bulbophyllum inacootesii Bulbophyllum championii Bulbophyllum sp08

 表皮付き杉板の登場で、今後2年程をかけて、炭化コルクから杉板に植替えを予定しており、2,000株を超えることになると思います。ポット、炭化コルク、バスケット等とは異なり、木肌にランを直接取りつけることで、原種ならではの雰囲気を楽しむことが出来ます。吊り下げ取付では海外からのヘゴ板やコルク樹皮のみにこれまで頼って来たことがむしろ不思議で、原種愛好家が今後、これまで以上に入手難となる輸入材や、流木などで自然さを得ようと苦労する必要性も無くなります。杉皮はラン植付け材としてすでに十分な実績があり、なによりも今回の素材が純国産品であることと、これまでは製材から出され主に薪やチップとして利用されてきた端材が、今後はラン園芸の重要な一役を担うことになり得るのではと考えています。このような国産の資材の登場は、特に原種趣味家には朗報と思います。2-3年後にはかなりの原種趣味家の温室内で普通に見られるようになるかも知れません。ところで当サイトは資材の販売はしておりませんので、マーケットでの杉皮付き木片の供給スケジュールや購入に関しては共和開発にお問い合わせ下さい。

7月に入ってから開花の18種

 青色の種名をクリックすると詳細画像が見られます。

Bulbophyllum inunctum Malaysia type Bulbophyllum refractilingue Borneo Bulbophyllum contortisepalum red New Gunia
Bulbophyllum pustulatum semi-alba Borneo Cleisocentron merrillianum Borneo Dendrobium papilio Luzon
Dendrobium tobaense Sumatra Den. cinnabarinum angustitepalum Borneo Dendrobium dearei Borneo
Dendrobium annemariae Mindanao Dendrobium ovipostoriferum Borneo Dendrobium daimandauii Borneo
Dendrobium paathii Borneo Dendrobium lineale blue New Guinea Dendrobium discolor Papua NG
Phalaenopsis sumatrana (zebrina) Palawan Phalaenopsis fasciata Luzon Vanda mindanaoensis Mindanao

会員ページの準備に伴う胡蝶蘭サイトの更新作業

 現在最も時間を割いているのは会員サイト用のページ制作です。当サイトでは、バルボフィラム、デンドロビウムなど公開中のページはそのままに、これらとは別に会員ページの立ち上げを計画中で、これまでとの違いは、会員ページでは現在公開のページ内にある ”栽培や生体について” のリンクを有効にしていることです。またこのページでは、栽培情報と共に凡そ10年間に渡る歳月記に記載した該当する原種の話題も抜粋し、現在の視点からの校正を加えた内容も含みます。全体としてかなりの情報量となるため、充実するまでには、さらに1-2年を要すると思いますが、会員ページには会員同士で議論できるフォーラムサイトも設けることから、サイトの制作途中ではあっても年内には立ち上げたいと考えています。

 そうした中で、先月末からはこれも会員ページ専用となる胡蝶蘭原種画像のリニューアルを進めています。これまで公開中の胡蝶蘭のページは他属とは異なるページ構成になっていますが、その形式はそのまま残し、画像の追加・整理や、見にくかった画質の改善を図っています。胡蝶蘭原種趣味家にとっては興味あることと思いますので、種名の頭文字A-Hまでの中から一部(10種)を紹介しようと、制作途中ではありますがリンクを貼りました。下の青色の種名をクリックするとページが見られます。ここに掲載された全ての画像は当サイトで栽培、撮影されたもので、胡蝶蘭原種に関しては比類のない纏った情報群ではないかと思います。

 Phalaenopsis amabilis
 Phalaenopsis amboinensis
 Phalaenopsis bellina
 Phalaenopsis cochlearis
 Phalaenopsis corningiana
 Phalaenopsis cornu-cervi
 Phalaenopsis doweryensis
 Phalaenopsis equestris
 Phalaenopsis gigantea
 Phalaenopsis hieroglyphica

バルボフィラムの植付け例

 バルボフィラム愛好家にとり、とりわけリゾーム(バルブを繋ぐ根茎)の長いBulb. virescensbinnendijkiiあるいはaeoliumなどの栽培には手こずっていることと思います。ポット植えでは、リゾームの長さ故に植え付け後の最初の新芽ですら、ポットを飛び出してしまうこともしばしばで手に負えません。ではバスケットではと大型の木製バスケットに植付けるのですが、これでも1年程ではみ出してしまいます。新しく発生するリゾームが柔らかい内に針金等で引っ張り曲げて、バスケット内に根を這わせ何とか落着かせるのですが、この矯正法にも限度があります。一方で、これらバルボフィラムを上手に育てている人たちがおり、その多くはトレーにミズゴケを厚く敷き、その上に植え付けと云うよりは乗せて育てています。無論この方法でもトレーのサイズには限度はありますが、むしろトレーへの取付けはラン展などでの鑑賞目的には不似合いで、栽培第一との止むを得ない手段と云ったところでしょうか。

 当サイトではそうした背景から、まず伸長するリゾームの長さに比較的容易に対応可能な(植付け時点での伸びしろ分を長くする)吊り下げ型のトリカルネット筒や炭化コルクにこれまで植付けてきました。当初の1年程は順調にリゾームは上方に向かって新葉を発生しながら伸長していました。しかし上に伸びて行くほど徐々に成長が遅くなり、新葉が現れても葉先が枯れ、やがて成長が止まる状態が見られるようになりました。

 こうした中で全ての葉が落ちた株、あるいは1枚程は残るものの成長が止った株、しかし2-3の葉無しバルブではあるものの緑色して生きている4-5株を、これまでと見做してベンチの上に降ろし、横倒しで散水だけは続けたものの放置していました。半年ほど経過した頃、驚いたことにそれら全ての株に新芽が現れ伸長していることが分かりました。置き場所は成長が止まった近くであり、何が成長を促したか?環境の変化があるすれば他の吊るされたバルボフィラムで混みあい、やや薄暗い程度で温度や輝度の変化とは思えません。そこで吊り下げと横倒しとの何が株にとって違うのかを調べることにしました。

 分かったことは、立てて使用する板あるいは筒型植付けの上部と下部との濡れ度合(湿度)の違いです。ほぼ均一に水を散布しても水は重力で下方向に向い、植付け材の濡れ具合は上下で異なります。この結果、それぞれの根周りの湿度はリゾームが長いほど、バルブ毎にそれぞれの差は大きくなります。では1年間程は順調な成長が見られたのは何故かですが、ミズゴケが新しく高い保水性があったものの、やがて劣化し上下部の乾湿差を加速したと考えました。これが植付け材を立てるか横にするかで、隣接するバルブの根周りの湿度が均一であるか否かの違いとなり、そうしたバルブ毎の根周辺の不均一性が、前記したようなリゾームの長いバルブを持つ株にとっては成長に大きく影響したと判断しました。

 そこで昨年秋に、幅広の長方形に切り取った大きな炭化コルクに、同サイズに裁断したヤシ繊維マットを乗せ、比較的薄くミズゴケを敷いて、これをベンチの上に水平に置き、これまでの栽培で弱体化したBulb. virescensbinnendijkiiを植付けることにしました。その結果は驚くべきものとなりました。新しくリゾームが発生し新葉が次々に現れ、葉は枯れることなく伸長し始めました。これが下写真です。上段写真3枚は角度を変えての撮影で、その中に見える小さな葉は植付け前からのもので、それらに比べ大きく伸長した葉は、全て水平置き後の葉です。この様態から明らかに成長度合が分かります。新葉のサイズの中にはこれまでの筒型材への取付では見られなかった40㎝長に達しています。一方、下段中央はBulb. aeoliumです。左はヤシ繊維マットのロール巻きで、右は炭化コルクです。いずれもこれまで5年間ほど経過し、朽ち果ててベンチ上に落下したまま放置されていたもので、古くなった植込み材はそのままにも拘らず、前記同様に横倒し状態になってからは、次々と新たに葉が現れ、これまでに見られなかった葉サイズに成長しています。写真は炭化コルク、ヤシ繊維マット植え付け前の放置状態の様子です。下段右はこれらを新たに植え替えるためのコルクとマットです。バルボフィラム属の中には隣接するバルブ間での根周りの湿度差に敏感な種がいて、特にバルブ間の距離のある種にとってはその差が大きくなることで、障害となっているのかも知れません。

 バルボフィラムの水平置き植付けは、これまでの愛好家の間の、’トレー植付けならば上手くいく’ にも符合します。今後はリゾームが長く、大株のBulb. virescensbinnendijkii等の入荷時には、炭化コルク1枚の標準サイズの610x915mmを、60x30㎝のサイズに3分割したものに取りつける計画です。よってネットでのコルクの標準サイズ1枚当たりの値段は1573円のため520円ほどとなり、これに同サイズのヤシ繊維マットを敷くことからコストは130円程で合わせて700円程度となり、これにミズゴケ分が加算されます。ミズゴケを除く資材分としてはまずまずと云ったところでしょうか。同サイズ(面積)のヘゴ板に比べコストは1/4以下となります。展示会用として育てたい趣味家は350円ほどアップになりますがコルクサイズを90x30㎝として、通常は水平置きで栽培し、花茎が発生した時点でコルクを垂直にして開花させれば、花は水平に開くと思いますので、この方法で面積を取らず、見栄えもほどほどで展示できます。僅か2-3ヶ月間の垂直置き栽培で株が弱ることはありません。これで一般の人たちも大株のBulb. virescensbinnendijkiiのそのダイナミックな花姿を展示会で見られるのではと思います。

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